ちなみに炭鉱夫を馬鹿にしているわけではありません。ただ単に力がいりそうな仕事を考えたら炭鉱でダイナマイトとツルハシもって「わーっ」ってなってる人になっただけです。
暗いくらい森の奥、宵闇が辺りを包み、カラスの鳴き声が支配するその森はどこか浮世離れした場所であり、近隣からは幽霊や化け物の類がすんでいるとのうわさまであった。
そこに、その娘は住んでいる。
「ご機嫌麗しゅう、お嬢さん」
白髪に青い瞳の美しい白人男性は恭しく少女に礼をする。その声の調子も、礼をする様も昨晩と一切変化はない。
よくできた人形の笑みを浮かべた男は用意してあった椅子に腰掛け、少女と向き合う。
笑う男に対し、少女はなにも言わない。
鋭く、酷く無気力な視線を受けて男はおどけたように両手を上げた。
「そのように急かさずともわかっておりますよ。
そうですね、今夜はどのような噺をいたしましょうか」
椅子に深く腰掛けて彼は笑みをよりいっそう深くする。その姿も昨晩とは何も変わらない。
まるで機械仕掛けで制御された本物のカラクリ人形のよう。
少女は何も言わないが代わりにメイドから男に一枚の絵画が渡された。
水彩画で描かれた明るい町の中、占い師だろうか、桃色のシンプルなドレスを纏った女性が水晶をかざしている。
その前にいるのは日に焼けた肌をした青年。
男はその絵をじっと見つめ、机に置くとしばらく窓の外を見た後、昨日と違い温かい紅茶を飲む。
「わかりました、今日は70年前に聞いた炭鉱の男の話をしましょう」
男の笑みは今日も張り付いている。
占い師、詐欺だろうが超能力だろうが一括りにされるがそれを見分けることなど難しすぎる。
70年前に会った炭鉱夫は詐欺のタイプの占いにあったと興奮気味に話した。
「あの女が悪いんだ!!!あぁ、騙しやがって・・・!!!!!」
煤けたような浅黒い肌に茶と金の中間のような色の目と短髪が印象的な炭鉱夫の青年を尋ね、話を聞こうとすると最初にでてきた言葉がそれである。
激昂して話どころではない炭鉱夫をなんとかなだめすかし、話をさせるのにはかなりの時間がかかった。
どうやらこの男、ずいぶんと頭が足りていない上に短気で暴力的な性格らしく、こちらの言ったことを全て鵜呑みにし、表面的な言葉しか読み取れていなかった。
最終的には幼児に語りかけるような口調になる始末。
なるほど、これでは命の危険と隣あわせの炭鉱にしか行けないはずだと男は頭を痛めた。
家族はもうなくなったという。
遺言はその嘘つきな女占い師へだった。
乱暴に走らせるペンはもはや字をつむいではいない。
これでは遺言ではなく人生最後のなぞの暗号と化してしまうということで、男が変わりに筆をとることになった。
「あの女と会ったのは、炭鉱仕事を終えて飲みに行った帰りだった。
なんかその日はやたらよくないことばっか起きてよぉ。飲みに行った仲間が笑いながら占ってもらえ、っていうからよ。占ってもらったんだ。
あの女、大丈夫ですよ。あなたはまだ見捨てられてはいません。ってよ・・・」
そのときの情景を思い出したのだろう、炭鉱夫のこぶしは強く握られ、血がにじむ。
しかし、今までの話を聞く限りでは占い師の女に非は見当たらない。
「その後なにかあったのですか?」
「そのことを仲間に言うと、お前はもう半分見捨てられたようなもんだって・・・笑いながらいってたんだよ」
「ほう、それでお仲間が憎く?」
「はぁ?何言ってんだ?仲間は悪くねぇよ。あの占い師がうそつきやがったってそのときようやく分かってなぁ」
たった今あったばかりの占い師よりも、長く一緒にいた仲間の酒混じりの冗談を信じる。
果たしてどちらが正しいのか、それは状況によるだろうが、男は後者を信じたらしい。
ともに長くすごした、時間を共有したものを信じる。なんとも実直なことだろう。
普通人というのは、どちらであろうと自分にとって有益なもの、都合のいいものを真実と信じるものだ。
「まぁ、次そいつに会ったときにでも仕返ししてやろうと思ってその日はもう帰った。
そしたら次の日炭鉱に行ったら昨日よりもよくないことが起こってな・・・、俺たちは危うく死ぬとこだった。
そこで昨日の占い師の顔が頭ん中に浮かんできてなぁ、あいつ。これが分かってて俺にあんなこと言ったんじゃねぇかって思って」
この炭鉱夫の罪状を思い出してみる。
占い師の女に火をつけ、重傷を負わせたそうだ。白昼堂々行われた、一歩間違えば殺人につながるような事件だったという。
結果、殺人未遂で男は死刑に。という結論らしい。
「火をつけた瞬間のあいつの顔がいまだに頭に残ってる、馬鹿にしたような目だったよ、あぁ、腹が立つ!!!!!!」
話終えて興奮した男をまたなだめる。
水を飲ませてなんとか落ち着かせたあと、男が筆を取り、炭鉱夫の言葉を待つ。
「俺が言ったことを全部書いてくれよ」
「えぇ、もちろんです。ゆっくり話してくださいね」
そういうと炭鉱夫は思いつく限りの罵詈雑言を吐き出す。
それを男は一言一句たがわず、漏らさずに全て書き記す。見直すのも憚られるひどい文章ができあがった。
「もう、満足かい?」
「あぁ、それを絶対あの女に渡せよ」
「ありがとう、なかなか哀れな話だったよ。さぁ、行こうかジョン・ドゥ」
封筒に入った手紙は、ほんの2枚。その全ては占い師への恨み、つらみだった。
男はそれを懐にしまうと炭鉱夫をたたせて、死刑執行場へ向かう。
炭鉱が見える丘の死刑執行場へ炭鉱夫を送り届けたあと、男は町を歩き回り占い師の女を捜した。
以外と早く見つかった、男が話していた酒場の近くに架かった橋の上にいる包帯にまみれた女性が占いを行っている。
罵詈雑言の手紙を渡し、占い師の反応を見る。
占い師適当に流しているような読み方をしたあと、手紙を封筒にしまいこみ男につき返した。
「まったく、あきれるほど馬鹿な男ね。皮肉のひとつもいえないのかしら。
あぁ、これいらないわ。変な念こもってそうだから」
胸に押し付けられたそれを男は仕方なく受け取る。彼女に遺言は伝わった。それでかれの頼まれごとは終わりだ。
しかし、男は貪欲に話を求める。
「ところであなたは何故あの炭鉱夫にあのようなことを?」
「私の専門は占いじゃないわ、まじないよ」
意味がわからなかった。男にはどちらも大差ないように思えるからだ。
占い師は行き交う人々を眺め、ふぅ、とキセルをふかす。
「まじないは信じなきゃ効果を発揮しないわ、だから自分が信じなかったのに私を攻めるなんてお門違い。
その上逆恨みまで受けて火をつけられるなんて。馬鹿にもほどがあるわ」
あきれたように死んだ炭鉱夫の話をする占い師の目にはほのかに残る後悔の念。
人間とは後悔して生きるものだ。あのときああしてれば、今よりももっと・・・という感情を常に抱えながら生きる。とっさの判断も長いこと考えて出した結論もあとになってみれば後悔に変わることのほうが多い。
「あの炭鉱夫の未来が見えたからまじないをかけたのに。ほんとに馬鹿」
自分を信じなかった炭鉱夫への悪口は尽きることなく占い師の口から漏れる。
それは自分への後悔。
もっとああしていれば、こんなことをいっていれば。
いくら未来が見えようと、運命を変えることなどそうそうできないのだ。
「今日の話は以上ですよ。そろそろ眠ってはどうです、お嬢さん」
「少しイメージとは違ったようね。明日は占い師の話をもっと聞きたいわ」
わかりました、といって男は再び一礼し、部屋を出た。
少女の絵は適当に描いたものではない。
過去の犯罪の記録や死刑囚の記録を調べ、気になったらその人物のイメージに沿った絵を描く。
男は少女の心でも読んでいるのか、少女がほしい話をくれる。
しかし、まだ足りない。
彼女の表情は動かない。
張り付いた彼女の無表情に母は涙をながし、父は顔を伏せた。
目をとじれば思い浮かぶ、彼らの後悔に満ちた表情を。
幸せな話を聞けば表情は動くのだろうか、しかし、死刑囚の話ばかりを聞いていた男はそんな話を知らないだろう。
たまにはあの男ではなく、別のかたりべの話をききたい。
彼女はベッドの中で眠る。
目をとじれば思い浮かぶ、あのときの惨状が。父と母の姿が、おびえる姉の姿が。
どれだけ悲しくても、彼女の表情はまったく変わらない。少しもぶれない。
悲しいとき、人はないてそれを発散する。
しかし、彼女には涙がながれない。
あとがき・・・・
少女の家庭環境が見え隠れ。
男は死刑囚の話を聞き始めてまだ10年目。まだまだ未熟なころですからそれはもう苦労します。
興奮している男をなだめるスキルなど彼は持ち合わせていないので余計に大変です(笑)
次回は死刑囚の話ではなく、嘘つき呪い師の話になります。犯罪ではありません。
しかし、かたりべシリーズはどうしてこうもシリアスになるんでしょうか。あれでしょうか。普段あほなこと考えてるから反動でしょうか。
できたら感想くださいな。
スポンサーサイト